一度喋っただけ
特別な感情なんてこれっぽちもない
ただ下手クソなりにボ−ルを必死でついている姿が目に焼きついただけじゃった
それでも確かに感じる寂しさ
もう体育館からはお前の下手クソなリズムの取れていないボ−ルの音は聞えない
無人の体育館
昼飯を簡単に済ませて屋上を飛び出した
朝来る前に買った菓子パン一つをさっさと口に入れると立ち上がる
今日偶然一緒に昼飯を食べたチビ助とは違ってワシは大食いと違う
こっちはもう十分じゃのに隣に座りただ黙々と食べ物を口に突っ込むチビ助がどうも納得いかん顔でこっちを見とる
この背丈からはまるで想像がつかない異様な食欲がワシには全く理解できん
チビ助があまりにもしつこく見上げるモンじゃからいい加減頭に来て何じゃ、と聞くとトビ君小食すぎ、と一丁前に言い放つ
遠回しにもっと食べろと言われたけぇ、チビ助の頭を一発殴ってやった
チビ助は痛い痛いと大袈裟に喚き屋上を中を転がり始める
傍から見れば妙な光景でしかないこの状況に心底嫌気が差す
「何しとんじゃボケ!こっちが恥ずかしいわ!」
「だってトビ君が!」
「お前が大袈裟なんじゃ!」
チビ助は納得がいかないのか小さい子供のように頬を大きく膨らませる
その姿は一瞬樹里と重なったものの、こいつは俺と同い年の高校一年生じゃと思い返せばなんだか気持ち悪ぅてしゃあなかった
「何でこの高校はこんなアホばっかりなんじゃ…」
「え、そんなにアホばっかりかな?」
「お前さんだって例外じゃないじゃろ」
「だったらトビ君だってその髪型といい相当おかしいよ」
「うっさいんじゃボケ」
チビ助は小さく俯きワシに対しての文句をブツクサ呟く
もともと小さいチビ助が背を丸めると何だか更に小さく見える
怒りを隠せず一人カッカと殺気立っているチビ助に言い放つ
「何じゃ、言いたいことがあるんならはっきり言わんかい」
「だって納得できないよ!」
「だからアホ言うとるじゃろ」」
「そこが納得できないって言ってんのに…」
「何でお前はそんなに天然なんじゃ!言葉返す身になってみい!」
そんな会話を2、3回繰り返してやめた
こんなアホの塊の様な奴に張り合ったって得るものは何も無いという確かな確信がある
せっかく昼飯を早く食ったというのに時間は過ぎていく一方
これじゃまるで意味がないじゃろォが
文句に飽きたのかまた屋上にコロコロと転がる小さい生物
目障りじゃったからもう一発殴ってやろうかと思った
チビ助に対する怒りやら呆れやらで震える右手を溜息で紛らわす
ワシも随分大人になったの、喧嘩ばっかやっていた頃とは大違いじゃ
自分で自分を褒めてやりたい
もう喧嘩はせん、そう誓った
右手のリストバンドを軽く弾き、昼飯と一緒に教室から持ってきたバッシュを手に取ると屋上の出入り口へと歩き出す
ワシの様子を見てかチビ助がトビ君、と呼びかける
時間がないけぇ、シカトも考えた
じゃが今のチビ助の状態を考えるとシカトすればまた大袈裟に騒ぐに決まっている
首だけをチビ助に向けて何じゃ、とだけ返す
「体育館、行くの?」
「当たり前じゃ、じゃから昼飯も簡単に済ましたに決まってるじゃろ」
「…よし、負けてらんない!」
「あ?」
「僕もお昼ご飯食べたらそっち行くよ、というより日課だしね」
「チビ助でも1on1くらいの相手にはなるの」
屋上を飛び出すと一直線に体育館へと向かう
足は自然といつもより速く、1秒でも早く体育館へ体育館へ
バスケのことを考えると全ての雑念は消えた
ただあの手に馴染む皮のボ−ルを突きたくて、ボ−ルがリングに弧を描いて入る瞬間に聞える微かな音が聞きたくて仕方がなかった
一度落胆しスタ−ト地点に立つ前に入るのを諦めたバスケ部に頭を下げて入った
負けられん、這い上がらないといけん
時間がある度にシュ−ティング、日課は毎日シュ−ティング
一度離しかけた手をもう離さんと決めた
だから上に行かんといけん、何が何でも、絶対に
体育館の玄関前に来て異変に気付いた
いつもは聞えないボ−ルの音
しかもリズムすら取れていない下手くそなドリブルの音
きっとこのドリブル音は初心者だ、そう一瞬にして分かった
昼休み一番に体育館へ来るのはワシかチビ助のどちらかのはず
バスケ初心者の安原さん達を想像するがどうもしっくりせん
開けて見た方が早いの、そう考えてワシは閉まっているドアを勢いよく開けた
昼間の太陽が差し込む体育館に居たのはワシが想像もしなかった奴
寧ろ知らない、女
女はワシがドアを開けると必死に突いとったドリブルをピタリとやめた
まあ下手くそすぎてドリブルになってるかどうかも怪しかったんじゃがの
3秒ほどお互いを見合う
すると女は持っていたボ−ルを見ると、あっと小さく唸りワシに向かってボ−ルを弱く転がす
パスも知らんのか、心の中で思い足元まで転がってきたボ−ルを手に取る
やっぱり、知らん顔じゃ
「ご、ごめん邪魔だよね!」
「ドリブル突いとったんか?」
「あ−、うん。随分と下手くそだったでしょ?」
「かなりの」
「…初めてバスケットボ−ル突いたの」
あまりに嬉しそうな顔して言うもんじゃから何も言えんくなった
最近バスケをし始めたという妹、樹里が浮かんで目の前に居る女とそっくりそのまま重なったから
今日は随分色んな人と樹里が重なるの
まあチビ助の場合は不本意じゃが
バッシュをすばやく履く
体育館の床を爪先で蹴るとワシとこの女しか居ない体育館にバッシュと床が擦れる少し悲鳴にも似たような音が響き渡った
ボ−ルを手の上で遊ばせ足首を捻る
軽く屈伸をすれば準備完了、小さく息を吸い込むとゴ−ル目掛けて3Pを放つ
ボ−ルはゴ−ルに吸い込まれ網を揺らしながら小さく落ちていく
荒く息を吐き出したとき後ろから寂しい拍手が聞えた
「凄く綺麗にシュ−トが入るんだね」
「当たり前じゃろ、何年も積み重ねてきたんじゃ」
「絶対的な自信ってわけですか」
「…まだまだ足らん、もっと上へ行ったるワ」
「うん、頑張れ」
「味気のない言い方じゃの。ホンマに応援しとるんか?」
女は小さく笑って玄関へと歩き出す
白く細い足が体育館の床の上を滑っていた
「オイ、お前バスケは好きか?」
「…え?」
「バスケ好きなんか?」
「うん、好き」
「ならまた明日来ればええ、シュ−トの打ち方くらいなら教えちゃるわ」
「嘘」
「嘘は嫌いじゃ」
「ありがと」
それ以来女と会うことはなかった
別に体育館に来ることを期待しとった訳とは違う
ただバスケが好きなら、そう思ってシュ−トを簡単に教えちゃろう、そう考えて
あの後遅れてやって来たチビ助は「トビ君が体育館に女の人を連れ込んで…!」など要らんことを先輩に言いふらしよった
有りもしない事実に千秋先輩は怒り散々追い掛け回された
ホンマ殺されるかと思ったで
俺よりモテるな、なんて言われながら追い掛け回されたのなんて初めてじゃ
そして一週間後にチビ助からあの女の話を聞いた
チビ助は息をハアハアさせながらワシの教室に入ると同時に大きな声でワシを呼んだ
「トビ君!」
「何じゃいきなり」
「ほらトビ君が体育館に連れ込んだ女の人が居たでしょ?」
一週間前の話とチビ助が勝手に事実を捻じ曲げたその話にワシは怒りで携帯を握りつぶすとこじゃった
しかもたまたま隣にいた七尾が思い切り偏見の目でこっちを見よる
「その話は違う言うとるじゃろ!」
「それよりそれより!」
「お前が喋ると話が変にこじれるんじゃ!」
「その体育館に居た子転校しちゃったんだって」
「ワシらには関係ないじゃろ」
「あの女の人僕達と同じ1年生らしいんだけど」
「話聞け」
「…病気持ち、だったらしくてさ。環境の良いとこに引っ越しちゃったんだって」
「……」
「何だか、さ」
チビ助は自分の母親と重ねてか視線を下に下げる
いつもの騒がしい様子はこの時にはなく、大人びた不思議な雰囲気
そしてチビ助は次の授業を思い出し慌ててワシの教室を飛び出していった
「…同い年じゃったんか」
「夏目くん?」
「ああ、あのアホが言った体育館に連れ込んだってのは全部嘘じゃけぇ、忘れろ」
「でも妙にリアルだから納得っていうか…」
「どいつもこいつもアホばっかじゃ」
「何ですと!」
特別な感情なんて別にない
あいつが居なくなってもワシは毎日シュ−トを打ち続けるだけ
ただ、時々思い出す
体育館の前で聞えたあの下手くそなドリブルの音を
出来ないドリブルを必死に突き一生懸命にボ−ルを追いかける姿を
風に乗って消え去るその幻想はほんの一瞬でしかなくて
その幻想の中で無人の体育館から聞える寂しいボ−ルの音
それは確かにお前が居た証
そして確かにお前が消えた印
あとがき**
完全なる自己満足の世界
曖昧な感じで終わらせたかった
トビのことを上手く表現できてるといいな