寒さが身に染みる12月
放課後、一人教室で侑士の部活が終わるのをひたすら待っていた
物音一つすらしない校舎と教室は私の寂しさを刺激する
聞える音は閉めたまどから微かに聞える運動部の声とぼうぼうと唸る暖房の音だけ
引き出しに手を伸ばし入れっぱなしの本を取り出すと夢中で読み始めた
話相手もいないこの教室では本を読むか音楽を聴くしかないのだから仕方がない
暫く本に没頭していると視界にふとオレンジ色の光が見えた
ゆっくりと顔をあげる
そこには傾きかけた夕日があり茜色に染まった雲が私をも染めてしまう
濁りのないオレンジ色が綺麗だ、と思った






数分見つめたあとまた本を読む気にはなれず耳にイヤホンをしプレイヤ−の再生ボタンを押す
少し間を置いてからいつもの音楽が流れる
耳に流れ込んでくる聴きなれた歌とリズムが私の時間を潰してくれた






どれくらいの間音楽を聴きながらボ−っとしていたのだろうか
ハッとし窓を見上げる
そこには先程までの綺麗な夕日はなく、ただ黒々とした漆黒の空と小さな銀色の星がただ広がっていた
対照的な色合いがお互いによく映えている
流れたままの音楽を耳にしながらゆっくりと席を立つ
唸っていた暖房もいつの間にか止まっていて時間の流れを示す
ゆっくり開けた窓に急速に入ってきた冷たいヒンヤリとした空気
寒さが私の体を覆いつくす
あまりの寒さにすぐに窓をしめた
夜だと見てすぐ分かるような外の風景に少しだけ焦る
鞄に必要な物を詰め込みマフラ−を手に取ると、黒板の上にある時計を見て、それから教室を出た
7時20分
部活はもう終わっているだろう
ポケットから携帯を取り出すと侑士にすぐさまメ−ル
(校門で待ってるね、と)
パチン、と音を立てて閉じた携帯の音が廊下に壁に木霊する
校舎の暗さに怯えながら階段を駆け降りるとすぐさま靴箱へ向かい靴に履き替えると校門まで全力疾走した








校門の近くには一つばかりの照明灯
そのぼんやりとした一つの光だけが私を差す
部活は終わっているだろうという私の予想は大きく外れ、侑士が来たのは私が校門に着いて20分後のことだった








「遅くなってもうた!ごめん!」
部室から一目散に走ってきたのだろう、ほんの少しだけ息が上がっている
「ううん、大丈夫」
「寒かったんちゃう?」
そう言って私の手をさりげなく握り歩き出した
大きな手が私を包んで温かい
寒さなんて吹き飛んでいくような気がして、私の体の熱が侑士に握られている左手だけに集中する
温かくて、幸せで、時間がゆっくりと流れていく
手から全身へジワジワと幸福が流れ込んできて私を優しく撫でた




「うわ、制服の上から何も着けてへんやん!」
大変とでも言った様に目を見開く侑士
「一応カ−ディガン着けてるしマフラ−してるし…」
「あかんて」
ちょっと困ったようなそんな顔をして私を見る
女の子が体冷やしたらあかんやろ、何て言ってブレザ−を私の前に差し出す
侑士は上下テニス部のジャ−ジと着けて少なくとも私よりは温かい格好をしている
ここは甘えることにした
素直にブレザ−を受け取るとさっそく腕を通す
着る際に微かに香る侑士の匂いが心地よかった




「大きい」
「そりゃ男もんやもん」
ブレザ−を着けるため一旦離した手を再度繋ぎ歩き出す
ゆっくりと歩く私達に月は楽しそうについてくる
「じゃあ侑士が私のブレザ−着けたら大変なことになるね」
「きっしょいことになるだろうな」
「だろうね」
「ちょ、!」
私の言葉に苦笑いを浮かべ明らかに困惑している侑士の顔は面白い
「嘘だって」
「嘘やなかったからかなりへこむわ」
大袈裟に肩をすくめた侑士を見てぷっと吹き出す私は馬鹿だろうか
それを見て侑士も笑った
何て幸せなんだろう、どれだけ恵まれているのだろう








大口を開けて笑う侑士の口の両端から白い息が漏れる
いつのまに笑いが止まったのか、私は侑士の口から出る白い息をずっと見ていた
「せや、何で今日一緒に帰ろうなんて言うたん?」
珍しそうに私を見る侑士の黒い瞳
私を捕らえて絶対に離そうとしない目がそこにはある
「さあ?何ででしょう?」
質問をさらりとかわす私は意地悪だ





「何それ!めっちゃ気になるやんか」
教えてと言わんばかりに私を見つめる侑士
また、捕まる
軽く視線を外し前を見る
止まることのない足を進めながら考えた
そう珍しいことなのだ
私と侑士は普段一緒に帰らない
理由は物凄く簡単なことで、単純に帰りが遅くなるという侑士の配慮がきっかけ




怒りも反対もしなかったけどそこまで気使わなくてもいいのに、と正直思った
でも両親のことを考えるとそんなことも言えなくなり今に至る




しかし今回は私が一緒に帰ろうと言い出した
部活が終わるまで待つから一緒に帰ろう、と言ったときの侑士の困惑様には笑えた
あかん!と固く断る侑士にどうしても!と譲らない私
散々あかん、とどうしても、を繰り返した後最終的には侑士が折れてくれたのだ





「あのね」
「ん?」
突然止まった私の足
私のいきなりの言葉に不意打ちを食らったのか、俯き加減で地面を見つめていた顔を上げた侑士
あの侑士の黒くて引き込まれそうな瞳をしっかりと見つめ言う
「今日は月が一段と綺麗なんだって」
丸く、白い月が私達を照らす
明るく優しい光で私達を包んでくれる
侑士は目をぱちくりさせ驚いた顔を見せた後、優しく微笑んだ








「そうなんや」
「うん」








私達は小さく笑い空を見上げた
そこには教室で見た黒々と化した空よりも更に深い黒色が一面に広がっている
銀色の小さな星に丸い優しい光を放つ月
本当に全てが綺麗で
あたり一面に幸せな空気が流れて
何て恵まれているんだろう、ってふと泣きたくなった




の言った通りや。めっちゃ月綺麗」
一度視線を月から私に戻し、また月を見上げる
侑士の黒髪が風にさらさらとなびいて揺れた




「でもな」
一旦言葉を切ってから完全に視線を私に向けると
と見てるからそれ以上に綺麗に見えるし幸せに感じるわ」
と言った
借りたブレザ−から侑士の匂いがして、また熱を帯び私を熱くさせる
私の腕より長いブレザ−の袖を空いている右手でぎゅっと強く握った
「…もそうやと思わへん?」
頷くことしかできなかった
言葉を表すことができない
感動でいっぱいの今の私にそんなことできるはずがなく、ただ首を縦に振っていた






、幸せになろな、もっともっと」






あまりにも真剣に言うもんだから少し驚いて、でも何だか笑えてそして泣けた
震える肩を軽き抱き寄せ私の頭を撫でるとまた2人で歩き出す
私の左手は貴方の右手に優しく包まれて幸福を感じます

月が綺麗な MOON DAY









あとがき**

こんな甘いお話初めてだ
それだけにかなり苦労しました
自分なりに丁寧に書いたお話でしたがどうだったでしょうか?