「中学卒業とかあっという間だや」 (中学卒業あっという間だね)
「だからよや」 (だからよね)
「見てみ、お前等に付き合ってあげてで−じ焼けた手足よ」 (見て、お前等に付き合って焼けた手足)
「わった−のせいじゃないしな」 (俺らのせいじゃないし)
「詳しく言えば永四郎のせいやんに?」 (詳しく言えば永四郎のせいじゃないか?)
「あい、永四郎に言うからよ」 (永四郎に言うからね)
「ありえん!」 (ありえない!)





凛と裕次郎は、2人の声が重なる
そして私の笑い声は目の前に大きく広がる海に響いて消えていく
中学も今日で卒業
入学以来ずっと仲良くしてきた凛と裕次郎
それも今日で終わると思うと不意に切なくなる



泣くなんて白々しい、馬鹿みたいですよ



永四郎がこの場に居たのなら傷心の私に向かってそんな台詞を投げ捨てるのだろう
卒業前は嫌で仕方なかった永四郎の口調
それさえも聞けなくなると思うとやはり寂しさは募るばかりだ





「やっけ−、この色のまま内地行ったらナイチャ−に馬鹿にされるやっし」 (大変、このまま本土言ったら本土の人に馬鹿にされる)
「したらわじれ!」 (そしたら怒って!)
「凛とは違うからいちいちな−わじらんし」 (いちいち怒らないよ
「方言で何か言え、文句言っても分からんから得ど」 (文句言っても分からんから得だよ)
「裕次郎ちぶる大丈夫やみん?」 (頭大丈夫?)
「ぬ−が?」 (何が?)
「あっちでも方言使うわけ?で−じ、孤独を味わうさあ」 (大変、孤独を味わってしまうよ)






そう言って小さく笑った
散々喋り続けた私の喉はカラカラで限界寸前
立ち上がって水を買うことくらい何てことない
歩けば3分、走れば1分では帰ってこられるだろう販売機までの距離
でも腰が上がらない
足が歩こうとしない




私の脳は今目の前にあるものを焼き付けろと訴え続ける
制服のまま私と凛と裕次郎の3人はテトラポットに座り、ゆっくり落ちゆく夕日を静かに見つめていた





裕次郎がふと問いかける
「ここに何時間くらい居たば?」 (何時間くらい居た?)
「軽く5時間くらいやんに?」 (5時間くらいじゃない?)
「げっ、私達そんな暇人だったば」 (そんなに暇人だったの)
「卒業生は暇でいいば−よ」 (卒業生は暇でいいんだよ)
最後は上手く凛がまとめた





5時間ものの間私達がやっていたことは喋るという行為だけ
いつものように海に入って遊ぶわけでも砂浜を走り回るわけでもない
たまに座るテトラポットに大人しく腰を下ろし永遠とお喋りを楽しむ
ただそれだけ





今までの当たり前の日常が今日で終わってしまう
頭の中を思い出が鮮明に、しかし追いかける間もないまま通り過ぎていく
中学に入学して同じクラスになった凛と裕次郎
その繋がりで喋るようになった永四郎
マネ−ジャ−でもないのに毎日テニスコ−トに入り浸る私
部活が早めに終わればいつでも海へと直行し遊び三昧
沖縄の強すぎる太陽にジリジリと痛い程身を焦がしながら潜った海
夕日が落ちるまで嫌と言う程駆け回っては誰も居ない砂浜で大きく寝転ぶ
目を開けると空には沢山の星で私達は優しく照らされていた






毎日同じことを繰り返して
それでも毎日の一瞬一瞬が新鮮で新しくて大切で
離れるのが、怖い




のオバアの人参しりしり−食べられんやあ」 (オバアの人参炒め食べられないね)
「だあるな」 (そうだな)
「凛も裕次郎もおばあのチャンプル−食べすぎど」 (オバアの炒めもの食べすぎだよ)
「あれバンナイおかわりできるよや」 (あれいっぱいおかわりできる)
のオバアもかめ−かめ−攻撃するば−よ」 (食べれ食べれ攻撃するんだよ)




今もいつもと変わらないはずなのにこうも景色が違って見えるのは何故だろう
明日はゆっくりと私に近づきつつある
いつもの光景に貴方が居ない






「今日に限って永四郎来ないば?」 (今日に限って永四郎来ないの?)
凛は少しだけ眉間に皺を寄せ言う
永四郎は卒業式が終わるとさっさと帰ってしまった
いつも目の前に居た永四郎は消えていく
いとも簡単に、そしてあっさりと
「来ないぐぅわ−し−してたけど本当に来なかったや」 (来ないっぽかったけど本当に来なかったね)
裕次郎は目を軽く伏せて誰に言うともなく呟いた
完全に落ちゆく夕日を真っ直ぐ見つめた裕次郎は言葉を付け足す
が沖縄に居る最後の日なのにや」 (沖縄に居る最後の日なのにね)





私は明日で生まれ育った沖縄を去る
元々父は東京の人で色々あり知り合った女性が沖縄出身の母だった
根っからの沖縄好きだった父は結婚すると同時に沖縄に移住を決定、そして私が産まれる
しかし私が小学3年生のとき母は急死
父は東京に戻り私のために働いた
私は母方の祖母、つまり今居るオバアの家に預けられた
高校に上がるとき東京に来ないか
父にそう言われたときは正直困った
私は生まれ育った沖縄をこう早くも出て行くものだとは思わなかったしオバアを一人残していくのはどうしても嫌だった
でもオバアは父さんの所に行きなさいと強く言い、私の東京行きは決定した





「半分ナイチャ−だから元居た東京に戻るだけさあ」 (半分本土人だから元に戻るだけだよ)
何言ってるば?や−の何処がナイチャ−だからよ」 (何言ってるの?あんたの何処が本土人だから)
「方言ばんない使ってる奴が今更ナイチャ−とか言っても説得力ないぜ」 (方言いっぱい使ってる人が本土人って言っても説得力ない)
「ちょっとナイチャ−じら−してみただけやっし」 (ちょっと本土人っぽくしてみただけだよ)
「凛−、がうしえてるぜ」 (調子乗ってるよ)
「やなわらば−」 (悪い子供)
「やなわらば−じゃないしな」 (悪い子供じゃないし)
「こいつわじと−んど−!」 (こいつ怒ってるよ!)





またいつもの調子で喋っていると辺りは暗くなっていることに気付く
さっきまでの落ち掛けの夕日は何処かへ消えてしまった
2人に帰ろうと言われるもの私は絶対首を縦に振らなかった
送るから、の言葉にも大丈夫と答えるだけで私は一向に帰ろうとしない
諦めた凛と裕次郎はテトラポットから飛び降り歩き出す
ゆっくりと、でも確実に遠くなる背中と足音に今までにない寂しさを覚える



出会いが必然なら別れもまた必然なのだろうか



そんな出会いと別れなら取っ払ってしまいたい
記憶から全てを抜き差って、忘れる
別れよりもその方がどれほど怖いものなのかを私は知っているのに



別れはもうすぐそこ





「帰ってくるときはハジカサ−しないで電話しれや−」 (帰ってくるときは恥ずかしがらず電話してね)
「あんしガ−ジュ−なお前だから東京行っても大丈夫さ−」 (あんなに勝気なお前だから大丈夫よ)
消えかけた背中と足音とは逆に2人の声が大きく響き渡った
凛と裕次郎の声を言葉を全身全霊で受け止める
2人の姿も完全に見えなくなり唯一人テトラポットの上で佇んでいた
まだここを離れる決心がつかない
そんな時だった、あの声が聞えたのは







「何をしているんですか」
「…え、いしろ、う?」
何で、そう言い掛けた私の言葉を制止する様に永四郎が溜息を吐く
「オバアが怒っていましたよ、明日早いのに帰ってこないと」
そして永四郎は続ける、感傷にでも浸っていたのですか、と





「永四郎には分からんさあ」
「確かに分かりません」
永四郎は買ってきた飲み物を私に静かに手渡すとテトラポットに登った
渡された飲み物を黙ってぎゅっと強く握り締める
この優しさがいつも、私を締め付ける
2年前私は貴方に対して恋を自覚した
日に日に大きく、どんどん増す想いも、今日で全て終わり






「沖縄に帰ってくる予定は?」
「今のところない」
「オバアが寂しがるでしょうね」
「それ言わんでさ、で−じ東京行きにくい」 (それ言わないで、とっても東京行きにくい)






何を考えているのか分からない無表情な顔で話をする永四郎は淡く静かに私達を照らす街灯で浮き彫りになる
あまりに鮮明に浮き出された永四郎は私の涙を誘う
出かけた涙で景色が歪み視界が揺らぐ
影が大きく伸びた
海が小さく唸った




「もう帰るべきです、オバアが泣き出しますよ」
「はいはい」
「明日早いらしいですけど起きられませんよ」
「早起きなら凛と裕次郎のせいで慣れた」
「そうですか」
「ばいばい、永四郎」
、元気で」




永四郎は既にテトラポットから降り自分の家へと歩き始めている
私は好きな人が見えなくなるのを見届けられる程強くない
涙を簡単に見せられる程ヤワでもない
最後に名前を呼ぶなんて卑怯だ
最後の最後にきちんと名前を呼んでくれた永四郎の声がやけに耳に残って離れない






体をいつも見てきた海に向ける
消えた夕日も大きくうねる波もエメラルドグリ−ンの海も白い砂浜も銀色の星も私がここに居ようと居まいと関係なく昼と夜を繰り返しながらここに居続ける
何も消えない、何もなくならない
だけど私は明日居なくなる
慣れ親しんだ海もオバアの笑顔も全部置いていく
伝えることのなかった、想いさえも

そして私は明日、いなくなる










あとがき**
初めての比嘉夢
方言の訳疲れたよ…
これから比嘉夢増えてくかもしんない