「絶対離さへん」
そう言って強く握ってくれた手
まだ、冷めない
「俺、幸せ者やんな」
そう言って笑った顔
ずっと、残っている
「また逢えたらええな」
そう言って去っていった横顔
もう、忘れられない
きっと一生で一度
長い人生の中の一瞬にしかすぎなかった
人は笑い私に言うだろう
そんなもの忘れろ、昔のいい思い出じゃないか
こっちが笑ってやりたい
忘れろ?昔のいい思い出?
思い出となり風化するくらいなら死んでやる
忘れてのうのうと生きていくのは最大の罰だ
時間はすごい速さで去っていくけど彼との時間は永遠にさえ感じた
「」
私を呼ぶハスキ−な低い声が聞える
ゆっくり振り向くと男にしては長い髪の毛を風に揺らしながら歩く侑士がいた
手には私の好きな飲み物を持って
「またここに居ったんや」
探したんやで、と言い私に飲み物を渡す
「もうこの飲み物飽きたよ」
渋々差し出された飲み物を受け取ると不満を言う
「これ大好きやんか」
「いつもこれしか買ってこないからさすがに飽きた」
侑士もしつこいよね、と言うと誰のために買ってきてる思うねん、と言って笑った
あの綺麗な笑顔で
「本間海好きやな」
「海というよりこの場所がね」
夜10時の今、海岸には人っこ一人いない
侑士と私だけの空間
テトラポットの上に座る私に手招きをする侑士
いつの間に海岸に降りたのか、砂浜に立っている
ザザ−…と静かに唸る海
周りの暗さで海が黒く染まる
うねりながら次々と流れてくる波に体を任せたくて仕方がなかった
「海、入りたいんやろ?」
「へ?」
不意打ちの言葉に肩が浮く
そして、うん、とだけ答えた
侑士はいつも私の心の中を読んでしまう
あの時もそうだった
私と侑士は履いてきたサンダルを黙って脱ぐと海に向かい走った
無邪気で子供で
意味もなく大人に反抗してばっかりで
それでも精一杯生きていたあの頃が今となっては愛しい
私達は握りつぶしてしまうほどの強い力で求め合っていたんだ
彼氏とか彼女とか大人だとか子供だとか幼いとかそんなの何でもない
ただ、大切で
何よりも失いたくない光だった
「青色の海なのに黒いよ」
「夜やもん」
「そうなんだけどさ」
バシャバシャと音を立てて歩く私に対し静かに何かを踏みしめるように歩く侑士
この対照的な差は何なんだろう
いつも何かが私と侑士の間を遮る
見えない何かが私達を遮断してこれ以上近づけないよう勤める
きっと、それは
「夏だけどやっぱり少し冷たい」
「昼間やとそんなこと感じひんけどなあ」
いつもの会話
いつもの海
「静かだね、私達が歩く音と喋る音と波の音しか聞えない」
「まあいつものことやんな」
そして、沈黙
いつもの2人、のはずだった
それが今日で終わろうとしている
ずっと長い間一緒に過ごしてきたんだからそれくらい分かる
侑士の口から出てくる次の言葉が怖い
無理だ、私に耐えられるはずがない
「嫌だよ侑士、私には到底無理な話だ」
「そういう訳にもいかんやろ」
ため息一つ、そんなの侑士は似合わない
いつも余裕かまして笑ってるんだよ、あんたは
「何で?私がいいとこのお嬢さんだから?」
「他に理由あるんか?」
問い詰める私にさらりとかわす侑士
ほら、いつもこうだ
対照的すぎる差
私達の間を遮断する何か
互いに遠すぎた私達
「無理、私侑士が居ないと生けていけない」
「」
このとき侑士は本当に似合わない顔をした
悲痛そうに顔を歪めて、一言
「俺らはそういう関係ちゃうんから」
一番恐れていた言葉
私達が幼馴染以外の関係を全て拒否する言葉
彼氏でもない、彼女でもない
ただの幼馴染じゃない
心を通わせた関係なのに
なのに、世間では拒否されてしまうのは何故?
「身分の差が原因なら私平気で捨てられる」
「のお父さんとお母さんも?」
侑士の鋭い指摘に言葉が詰まる
「、聞いてや」
私をなだめるめるようにゆっくりと言葉を紡いでいく
「絶対離さないなんて破ることしかできひん約束してごめんな」
待って
「びびってから離れてく俺を許してな」
置いてかないで
「でも俺幸せやったで」
そんな言葉いらない
「素直に好きって言えなくてごめんな、どうしても言われへんかった」
もうどうでもいいよ
「また、逢えたらええな」
侑士の心からの本音
最後に見た侑士の顔は初めて見た泣き顔だった
いつか無くなると分かっていた未来
簡単に崩すことのできない運命
全部全部知っていたこと
それでも私達はお互いを慈しみ、愛した
立ち上がることも追いかけることもできない無力な自分が嫌で嫌で仕方がなかった
あの日以来、侑士を見たことはない
この街から消え何処かへ行ってしまった
侑士のことだから上手くやっているだろう
15歳の夏から5年経った今でもあの時の自分の無力さに腹が立つ
どうにかできなかったか、侑士が消えずに済む方法はなかったのか
だけど考えても考えても答えは見つからない
もしかしたら侑士はその未来が見えていたのかもしれない
だから私は信じたい
あなたの、最後の本音
あとがき**
跡部に続きまたまた意味の分からない話を…
言わずとも考えていることが分かってしまう幼馴染
好きなのに離れていってしまう
ある漫画を題材に描かせてもらいました
これもちょくちょく修正加えるかもなあ