学校も休み、暫く働き詰めだったバイトも珍しく休み
たまには自分に甘えて思いっきり寝坊をしてみた
普段忙しく流れる時間が今日この一日だけ能天気に流れている気がする
それなり綺麗に片付けられた部屋
目が覚めてもベットから起き上がることはしない
白いベット、一人こだわった枕に顔を深く沈めて眠りすぎで冴え切った目を無理矢理瞑る
たまには時間を無駄に、贅沢に使ったっていいじゃないか
カ−テンの小さな隙間から太陽が暗い部屋を淡く照らす
頭に優しく当たる太陽が心地いい
瞑った目を開け上半身だけを起こすと、面倒臭がりの私は手を精一杯伸ばしてカ−テンを半分ほど開けた
普段室内に篭もりっぱなしで少し眩しいくらいの太陽の光が恋しくてたまらない
目標を果たすとだらしなくまたベットに潜り込む
今度は枕に顔を埋めるのではなく気まぐれで天井に向けてみたり
いい具合に利いているク−ラに目を向ける
耳を済ませてみれば微かに聞えるク−ラの声
ボサボサになってとんでもないことになっているだろう自分の髪型を想像してみて溜息が出た
洗剤の香りがするお気に入りのシ−ツを強く抱き寄せてみる
特別することもない
なら昔のことを思い出してみよう
たまには口に出してお話してみようか
いや、聞く相手もいないのだ
ここは一人頭の中で見えない誰かに向けて言葉を発信しよう
もし見えない誰かが私の恥ずかしい話を聞いているのなら、下らない独り言と捕らえて軽く流して欲しい
何をどう思い出せばいいのだろう
昔を思い出すってどういう感覚だったっけ?
年を取るに何処かに置いてきた思い出と記憶
とりあえず感覚に任せてみた
何もない今日は流れるところまで流れて
そうだ、君がいた
毎日を忙しく生きようと古い記憶を掘り起こせば必ず日吉が出てくる
忘れたいことほど簡単に忘れることはできない
傍で笑う、日吉がいた
元気なのかな
どれくらい会っていないのかな
いつから君を見なくなったのかな
最近どうなの、元気なの?
全て直接口に出して言いたかった
普通に話がしたいのになあ、なんて思っているだけ
負い目を理由にして行動に移せないだなんて理由になんかならない
一人君を避けて、遠ざけた
近づく日吉の足音に怯える、私
少し前には日吉に会える機会があったのに
二十歳になって中学の同窓会に行くだなんてベタな話だけど、それでも君に会えるチャンスは私のすぐ目の前に転がっていた
必ずしも日吉が同窓会に来るかと言えばそれは全くもって分からない
だけど私は気付いていた、忘れ掛けた感情の高まりと私の心配を察知する緊張感
一人暮らしの寂しい部屋で大人になった日吉の姿形を想像してみる
綺麗な顔は保たれているのかな、あの少しだけ変わった髪形は相変わらずなのかな
最近は寝る場所として借りられていたこのアパ−トも日吉のことを考えると凄く大事な空間に感じた
一人日吉に会ったときのことを想定し、話す言葉を必死で考える
こんなこと言っちゃ失礼かな、私の顔ちゃんと覚えているかな
あれこれ考えて結局私が行き着いた言葉は、久しぶりの一言
何の面白みもない言葉だけど私にとってはそれ以上も以下もない最高の言葉に違いなかった
溢れ出す興奮したアドレナリンが脳から体全体に行き渡る
高まるだけの高揚感を誰にも上手く話すことが出来ない
ただ、待ち遠しかった
久しぶり、この一言だけが言いたくて
それなのに何でこうすれ違ってばっかりかな
こんなときに限って何でバイトが入るのかな
大人の世界は子供みたく何でも通じる訳じゃないらしい
何か言いたくて考えて考えて出てきた言葉は、もう意味を持たない
勝手に作り上げた私の中で20歳になったおぼろげな日吉は消えた
うん、難しいね
会いたいときに会えないってまるでドラマみたいじゃないですか
個人的にそんな展開のドラマは好きじゃないんだけどな
何か必死に打ち込みたくて始めたバイト
別に働くことが好きなわけじゃない
ただ視野の狭い私にはバイト以外の良い案が思い浮かばなかった
何かに打ち込めたら、その一心が私を動かせていたのに今更それが仇になるなんて思ってもいなかった
会おうと思えばいつでも会える距離を散々遠ざけて近づく足音を拒んだ私、転がるチャンスを見て見ぬした私は会うことも許されないらしい
終わってから見えることが沢山あった
自分のこと馬鹿だなって笑ったり幼かったなあってしみじみ思うことが沢山あった
でも全部ほっこり温かくて、大切で
どれも終わったことに過ぎないけど、それでも私にとって日吉は最高に好きな人だった
確かに君は、日吉は私の傍で笑っていた
その笑いは鼻で人のことを馬鹿にした笑いだったり、柄にもなく大きく笑ってみたりなど様々
不器用でも真っ直ぐ自分を貫く日吉が笑えば単純に嬉しかった
、そう呼んでくれた日吉の声が懐かしくて
君の笑った顔がもう一度だけ見たくて
馬鹿だな、そう言ってまた笑ってほしかった
大きく開けたカ−テンから差し込む日が眩しい
壁に掛けてある時計に視線を送ればもう昼間
だらしなく鳴った自分のお腹を摩りベットから起き上がる
お昼過ぎか、お腹も空く時間帯なわけだ
テ−ブルに置いてあるペットボトルに入った水を勢いをつけて飲んでみた
特別に美味しいわけでもなく、ただ平凡な色と味のない安い水
それでもテ−ブルに毎回置かなければ気が済まない
外部に受験するから別れようだなんて言った私は大馬鹿だ
どうせ続かない、そんな諦めで別れを告げて
「ふざけるな、俺は認めない」
「外部受験なんて知るかよ、下克上だ」
「、俺を信じろ」
「俺はお前だけ見ているから別れなんて必要ない」
「、好きだ」
そう言い切った彼を何で信用することが出来なかったのかな
そして日吉は私の傍からいなくなった
もう私の隣で笑ってくれることも名前を呼ばれることもなくなった
いい加減飽きた水の味に私はペットボトルのキャップを閉め洗面所へ向かう
ヘアバンドで髪を上げた私を鏡に映す
15歳の時より大人になり弱くなった自分が其処には居た
そして、認めた
ずっと気付かない振りをしていただけで極端に目を逸らしていたこと
何かに打ち込む理由は忘れられない君を必死で消そうとする最終手段
引きずる重いを打ち消したくて、精一杯だった
無意識のうちに閉じ込めた言葉は心の中に重く溜まって流れずにいる
眠って目を覚まさないでほしい記憶はそれでも現れる
忙しさに眠るだけの生活でもこうやって何もない日には、君が、日吉が消えてくれない
何だ、未練タラタラじゃないか
あの時から一歩も進めず動けず状態のまま
名前を呼んでほしいなんて最高級のワガママで
傍で笑っていてほしいなんて今更言えなくて
久しぶり、日吉に会ってそう言えることが出来たら何か変わると信じていた
会えないままじゃ言葉を口にすることもできない
気持ちが叶うことなんて望んでいない、ただ言いたかった
ありがとう、ごめんね、好きでした
水を強めに出して顔を洗う
浮き出た哀しみと涙を消し去ってほしかった
さよなら、伝えることのない言葉達
あとがき**
言葉を伝えるのは、難しい