君に逢いたくなったよ
だから風の音を聞きに来たよ
青空にきらめく太陽が心地よく揺れていたよ
君は今何処に居る?
あしたのそら
寝る前にいつも頭に思い浮かぶのは君の顔
肩までの髪を微かに揺らし笑いかける姿はまるで幻
それでも目の前に居る様な感覚に陥るのは俺の記憶があまりにリアル過ぎるから
眠りに落ちながらいつもいつも考える
君が笑ったときに出来る左下にできる小さな笑窪や楽しそうに目尻が下がる目
絶対に忘れないようにと自分自身に呪文を掛けておやすみなさい
脆い記憶の片隅で君が笑っていた
今日もいつもの様に眠気が俺を誘う
外は生憎の雨
部活のテニスも今日は出来そうにない
空から落ちてくる雨を呆けて見ていると単純ながら眠気が最高潮に達する
コンクリ−トを叩きつける雨の音があの日と重なる
冷たくなった手を握る心張り裂ける思いを知ったあの日と
眠気に身を任せて目を瞑る
聞えてくる雨の音だけが子守唄
俺の頭の中にはいつもの通り君の顔
でもお願い
笑って手なんか振らないで
雨の強さが増した
サヨナラにはまだ遠いから
「ジロ−、私今日先帰るね」
「危ないから駄目だC−!」
「大丈夫大丈夫、一人で帰るわけじゃないから」
「…と一緒に帰りたい」
「かなり嬉しい言葉だけど今日は駄目−!」
「何で何で?」
「早めに終わらせたい課題があるから」
「俺と一緒に帰ってからも出来るC!」
「それじゃあ間に合わないから嫌」
「…じゃあ何かあったらすぐ携帯に電話してね?」
「ありがと、今度雨降ったら一緒の傘入って帰ろうね!」
最後の約束は今も終わりを迎えることないまま
会話の後を抱き寄せて正解だったのかな
の温かい感触を今でも体が記憶が覚えて離さない
それでも時々思う
が居なくなるのならもっと強く抱き寄せれば良かったと
一生分の時間を君のために捨てることすら構わなかったのに
終わりのない約束は虚しさを増して
あの日は死んだ
通り魔に何の意味もなく襲われて死んでしまった
その場所にが通り魔に居合わせただけで
何も知らないのお腹を2ヶ所
何も悪くないはずなのにそれでもは死んでしまった
もう、戻ってはこない
部室の机の上で静かに携帯が震える
からの着信だろうと思いすぐさま手に取った
その時の悲痛で歪んだ細い声があまりに切なくて
「も、しもし……ジ、ロ−?」
「どうしたの?」
「ごめ、ん、ね」
「?」
雨で止む終えなく中止になった部活後の時間を部室で過ごしていた矢先だった
の震える声が俺の何かを手繰り寄せて
何も考えず無我夢中で部室を飛び出した
走り出す俺の後ろでみんなの声が聞えたけどそんなことはどうでも良かった
とにかく体に打ち付けて重くなる雨を何処かへ取っ払ってしまいたくて
携帯を耳に当て必死での声を聞き取ろうとする
「??何かあったの?」
「わた、し…刺、されちゃっ…た」
「とにかく今何処に居るの?」
「ジ、ロ−…」
「何?どうしたの?何でも聞くよ」
「ごめん、ね…だ、いす、き」
「???」
切迫した空気の中空回りに響く俺の声
途切れるの細い声が小さく聞える
"ごめんね、大好き"
そう言い終わったあと綺麗に途切れた電話
聞えるのは一心に振り続ける雨音
それがの携帯から聞える雨の音なのか俺全体を叩きつける雨の音なのかは分からなかった
いきなりの電話もその電話の意味も分からなくて頭は混乱を続ける
助けなのは止まらない俺の足だけだった
眠気で止まりかけていた脳が動き出す
瞑った目を通り過ぎていくの影
最高潮にまで達したはずの眠気が一気に吹き飛ぶのが分かる
痛すぎる過去を鏡張りに映し出すかの様に雨の強さが強さを増す
机に肩肘を付いて教室の中から雨で暗くなった外を見ていた
あの日きっとは一人寒い中で痛かっただろうな
そんなことを強く心に思い、自分の中で反芻させていた
走って走ってを見つけた場所はの家まで後10分のところ
周りには沢山の人と救急隊員が居たのを覚えている
人混みを必死で掻き分けの倒れている場所まで辿り着く
体から出ている血が雨に紛れて広がる
惜しみなく流れ出すの血が痛々しかった
救急隊員が担架をの元まで運ぶと言った
「…遅かったか」
あまりにも重い一言が大きく俺に圧し掛かって潰れてしまいそうだった
雨はこんなにも冷たいのに俺の頬を伝う涙は何でこんなに温かいのだろうと憎たらしく感じた
せめて、温かさを
を持ち上げ強く抱き寄せた
力の抜けた体はダラリを俺に体重を預ける
目を閉じたの顔に俺の涙がゆっくりと落ちていく
足りない温かさでごめんね
数時間前まで確かに存在していた君の温もりは消えてしまったよ
雨に濡れているせいで泣いているように見えるの顔を見ては涙を流すばかりだった
は担架に乗せられ病院に運ばれた
担架に乗せられたは動こうとも息を吸い込もうとせず、その姿は死を実感させられる他なかった
病院に着いてはベットに横になる
嗚咽と鼻を啜る音が辺り一体を悲しさで纏い揺れ動く
両手をお腹の上で組み、顔には白い布を乗せられ永遠に眠っていた
のお母さんの手が不意に動く
しっかりとお腹の上で組まれていたの手を器用に外すと俺を呼ぶ
「最後に握ってあげて?」
そう言われ握ったの手から別れを言い渡された気がしてまたどうしようもなく泣けてきた
何度擦っても擦っても温かくならない手を俺は繰り返し擦り続けた
がまた笑ってくれる気がしたから
遅れてやってきた跡部達が優しく俺の肩に手を置く
生きているその温かい手が今はどうしても嫌で、だけどその手があまりに優しかったから涙が止まることはなかった
"ジロ−"
"大好きだよ"
"また明日"
"今度雨が降ったら一緒に傘入って帰ろう"
"ばいばい"
今までの全てのの声が俺の中に優しく染みこんで流れていった
直接口にするなんてこと出来やしない
だからの手を握り締めて心でばいばい
もう2度と握ることのない手が離れるときほんの少しだけの手が熱を帯びてる気がした
、またね
授業が終わり騒いでいる教室を見渡す
眠気は完全に消え覚めていた
もう一度外に目を移すと強く地面を叩きつけていた雨が微かに弱っている
黙って教室を出て靴箱までの廊下をのろのろと歩く
靴を履き替えるとそこ等にあった持ち主の分からないビニ−ル傘を持ち出して学校を出る
までの距離は凄く凄く遠くて遠くて
行きたくてもなかなか行けない場所で
君に逢いに行こう
どうしようもなく君に逢いたくなったよ
未だ消えないあの笑顔が見たくて俺は歩くよ
傘を差して虚しい約束を今君と果たすよ
もう冷たい思いなんてしなくても平気だよ
君と共に歩こう
いつのまにか空はカラリと晴れていて憎たらしい程の青空が顔を出す
隠れていた太陽がひょっこり現れ俺に笑いかけている気がした
風が優しく吹いて言う
"君に逢いに来たよ"
太陽の眩しい姿と風の温もり溢れる声がと重なってまた少し泣いた
もう傘は必要ないね
青空に居るはずのに手を振ってみる
教室で目を瞑ったときと繋がって今、が振り返って手を振り返す
明日空が晴れますように
必要じゃなくなったビニ−ル傘を思い切り投げ捨てた
が大きく手を振っていた
あとがき**
暗いお話だけど最後明るく終わらせたかった
彼女さんもジロちゃんも前に進めた、という…
伝わったかな?