朝はがこの世で最も苦手とする奴が直々に起こしに来る。
あまりに酷い現実をは直視することが出来ず、毎回夢の続きだろうかと真剣に考えてしまう。
勿論のこと良い夢であるわけがなく、寧ろ彼女の体力を蝕むほどの悪夢だということを忘れずにいただきたい。
朝になれば悪魔、いや魔王と言ってもおかしくない奴が起こしに来る。
何年も続いているこの悪夢の朝、いや習慣には未だ慣れることが出来ずにいる。
必ずやってくる朝を思うとは気が気がじゃなく、全くという程ではないがはほとんど寝れない夜を過ごす。
そのため朝も当たり前の如く起きれないという悪循環が巡り巡っているということはあなたは知っているのでしょうか。
そして今日も魔王はを起こしにやってきた。
魔王のことを深く知らない人たちから見れば悩殺物であろうキラキラ美少年スマイルを振り撒きながら。





beautiful days 〜立海マネの華麗な日常〜 




今日で学校は終了式を向かえ、明日からはいよいよ夏休みという学生ならば凄くウキウキとするはずの今日。
今の季節はもちろん夏であり決して寒くはない。
寧ろ暑いと言いながら夜自ら被ったはずの夏用の薄い布団を蹴り上げるほどの暑さだ。
そんな暑さにも関わらず彼女は冬用であるはずの羽毛で出来た見るからに温かい布団を二重に重ねて被っている。
しかも朝からこの暑さであるにも関わらず彼女は頭から布団を被り顔を絶対に出さない。
きっと布団の中では暑さと格闘し、分厚い布団の中で行われる限られたスペ−スでの呼吸に疲れを見せているはず。
見るからに季節はずれであり今の季節には相応しくない暑苦しい布団を彼女が頭から被っているのは2つほど理由がある。
一つは今から来るであろう奴からの恐怖を少しでも逃れるため。
そしてもう一つは眠りから覚め目を開けた瞬間、目の前にキラキラ輝いている人が立っているため目を開けることができないためである。
これは、急に目を開けることは無理なので羽毛布団で光を少し遮り、徐々に目を慣らしていこうという限りなく頭の弱い彼女なりの作戦だ。
しかし彼女は気付いていない。
今の彼女が行っている行為は限りなく体力の無駄使いに近く、もう少し頭を捻れば今よりは少々マシな作戦が出来るということに。



その時ゆっくりとドアノブが回った。キィ、と微かな音を立て静かに静かにドアが開けられる。
薄い水色をしたスリッパがスイスイとの部屋の床を滑る。
ドアはゆっくりと閉まっていき最後はガチャン、と少々大きな音を立てて完全に閉まった。
「おはよう、
この一声での朝は始まり、慌しい一日を過ごす。
毎朝自分が眠っているベットよりほんの少し離れたところからその声は聞える。
学校が休みじゃない限り毎朝聞えるその声では布団の中で目を覚ました。
そして同時に布団の中のモワモワとした湿気にも近いような猛烈な暑さと、布団の中での息苦しさに驚く。
この毎朝のリアクションはの中ではもう習慣であり、驚くとの同時にまたこれだよ、と自分自身に呆れる。
「朝から無視?」
え、とが心の中で思い、事を弁解しようとしたときにはもう遅かった。
わざわざ暑い思いをしてまで被っていた布団はあの人の手によって引き剥がされしまった。
よりによってこの人の手によって、だ。それはにとって一番恐ろしいことであり、できれば避けて通りたい道でもある。
布団を無理矢理引き下げられ、全く散々だと自分自身思いながらも出た言葉はいつもと変わらず。



「…ごめんなさい」
「おはよう、
「おはようございます」
「いい加減目開けなよ」



あなたの笑顔が眩しくて到底開けられそうにありません、そう言うと次は何が起こるか分からないためは無理矢理目を開けておくことにした。
いつもの通り幸村は笑顔で私のベットから少し離れたところに立っている。
一応目は開けている(つもり)のもの、美少年である幸村の笑顔は眩しすぎて平々凡々と暮らしてきたにはあまりに眩しすぎる。
ほとんど半目でベットから立ち上がりは学校に行く準備をし始めた。
の半目でフラフラと部屋を歩き回る姿が面白いのか幸村は小さく笑っている。
「下で待ってるからね」
「りょ、了解」
幸村は優雅な足取りでスリッパを床で滑らせながらの部屋を出て行く。そしてはやっと目を完全に開くことができた。
「…早く準備しなきゃ殺される」
自分自身で言い身震いしたあとは部屋を駆け回り学校の準備を進めていく。
言っておくが自身がこうして幸村に目覚まし時計の代わりをお願いしたわけではない。
本当は心からご遠慮願いたいところなのだが、魔王と影で謳われる幸村にはそんなことを言えるタマではない。
もうすぐ3年となるこの幸村の朝の挨拶運動は、幸村がいきなり起こした自主的活動でありは全く関係がない。
一番の被害を受けている本人ですらこの幸村の自主的活動の意図は知らずにいた。



笑顔というものは普通人を幸せにし、見るものを幸福と思わせる最高のものだろう。
しかし一歩使い方を間違えればそれは最強の武器になるということをは身を持って知った。
なぜならその武器の所有者がを毎朝起こしにくる隣に住む幸村だからだ。
幸村が使う武器の威力は想像以上で、今まで様々な被害をに与えてきたと言っても過言ではない。
最近では食欲が明らかに減り、少し痩せた。そのことを仁王に言うと人を小馬鹿にしたかの様にケラケラと笑われた。
他にもたくさんあるが思い出すたびに悲惨で、ある意味笑えてくる。
幸村のあの笑顔を目の前にするとどんな決心も儚く崩れ去り、まるで参勤交代の場に出くわしてしまった町人のように膝まつく他ない。
スマイルで人を黙らせるなんてなかなか出来ることではない。きっと彼は地球が滅んでも生きているはずだと常に考える。



は制服を中途半端に着ながら自分が考えに浸っていることに気付く。
寝不足のためか半分頭は眠った状態で、せっかく完全に開けることの出来た目はまたもや半開きだ。
幸村の笑顔という名の攻撃を食らってはボロボロの状態で学校へ登校することになる。
それだけはどうしても避けたい、そう考えたは制服を中途半端な状態から着替えると大急ぎで準備を整え、鞄を持つと会談を滑るように駆け下りた。
朝食を取るリビングへ向かうとそこにはを待つ幸村がにこやかに座っている。
あまりの爽やかさに恐怖を覚えたは朝食を食べるというより詰め込み学校へと向かった。
家から外に出て学校に向かっている今だが、は先程詰め込んだ朝食が喉のあたりで引っかかり苦しい。
呼吸をするので必死でなかなか足が前に進まない。
飲み物を買い喉のあたりに引っかかっている朝食の欠片を呑み込みたいのだが、幸村から向けられる凶器がそれを許さない。
無言の圧力がの言葉を嫌でも呑み込ませる。
は歩きながら考えた末、しばらく苦しむことにした。
理由は簡単で、少しくらい苦しいのを我慢した方が幸村から身を守る方法だと思ったためだった。
自分を見捨てる方法を選んだは、希望を捨てるなんて若者らしからぬ行為だと心密かに嘆いた。
しかし仕方ないのである。
今の私に美少年のキラキラ素敵笑顔という名の史上最強な凶器を持つ幸村に勝つための武器は持っていない。
なら諦める他ないじゃないか、自分自身を無理矢理納得させ前を向く。


しばらく歩いていると喉の違和感は意外にも早く消えた。
その答えは簡単だった。しかしあまりにも可哀想な出来事である。
は自分を捨てる覚悟を決めたのだが、喉に詰め込んだ朝ごはんがなかなか苦しい。
何か飲み物を飲まない限り私は窒息して死んでしまうんじゃないかと真剣に考え、そして焦った。
多少の期待を込めて隣に立ち共に歩く幸村を見上げる。
普段は自ら目を合わせようとすることなんてないのだが今日だけは特別だ。
今すぐ私の異変に気付き(気付かぬ振りをしていただけかもしれない)無言の圧力を解いてほしい。
笑顔という名の凶器を一時、いや一瞬でもいい。
一度地面に置いて欲しい。
そのような類の期待を込めては幸村を見上げた。
すると見事に目が合う。そして幸村はにっこりと笑って見せた。


嫌な予感がする、瞬時にそう思った。
何故なら私の中にある幸村精市専用危険レ−ダ−が僅かに反応したのだ。
が対処を考える余裕を幸村は与えなかった。
いや、正確に言えば、幸村がに時間を与えたところではどうすることもできなかったのだ。
なぜならは単純に頭が悪い。そして幸村に微笑まれると体も頭も、とにかく体の全機能がストップしたかのように動けなくなる。
その瞬間だった。
幸村の右手が上に勢い良く上がったと思うと私目掛けて迫ってくる。
何だ何だ、一体何がどうなんだ!は訳が分からずポカンと突っ立ったまま。
気付けば幸村の右手はの喉にあろうことか直撃した。


ぼわっぽ!
「水なんて買う必要ないだろう?」
「た、確かに。でもいくら何でもこんな絶対的暴力は…」
の喉に詰まったものはなくなった。これでいいじゃないか」
「いやいやいや。かなり喉ジンジンしてますよ。しかも変な悲鳴出た…」
「…何?」
「すいません」


喉に詰まっていると最初から知っていたのなら初めから優しく対応してほしかったの願いはあまりに呆気なく終わった。
そうだ、私の隣に居るのはあの幸村精市だ。 普通に優しくしてもらえるわけがない、あの幸村だぞ。
はいつものように自分を慰め、そして奮い立たせた。
嫌な予感はこれだけに収まらなかった。
どこかすっきりとしない感じがの中にはモゾモゾと蠢いていたのである。
(…なんだかなあ)


の頭にある幸村専用危険レ−ダ−は年々絶対的となりつつあった。
嫌な予感がすれば最後、その予感はレ−ダ−を通じて現実となりを追い掛け回す。
見事なレ−ダ−だ、実に素晴らしい。
こんなにもいやな予感が絶対的にあたるなんて私は平々凡々ではなく実は凄い人なのかもしれない。
そんな言葉でもう自分自身を励ますのは慣れていた。
実際のところこの予感が当たり大金持ちになったことや特別幸せになったことなんて試しがない。
そして1時間後、その予感は現実となって私に襲いかかってきた。
こんなことになると知っていたのなら次の日幸村様に絞め殺されようが焼かれようが殺人ビ−ムで抹殺されようがは絶対に学校を休んでいただろう。
やっぱり今日も私の運勢はランク外らしい、なんて嘆くのはいつものこと。
もう安全圏に入ることすら許されないなんて、ああ神様お助けを。こう願うのもいつものこと。



ヘイ神様そんなに私が嫌いか!
「うるさい」
ぶわっぷす!



振り返れば3年前、あれが悪夢の始まりだったのだ。
の父が勤めていた会社の副社長に就任、いきなりの大出世にの家族は派手に喜んだ。
そして調子に乗ったの父と母は東京からわざわざ神奈川に引っ越すと言い出し突如引越しを決定した。
そう来れば学校は当然転校という形になる。
どうしてもそれだけは避けたい、その一心では唯一の頼みの綱である姉と妹に迫った。



ところがどっこい。予期せぬ展開になってしまったのだ。
より3つ上の姉はイケメンの多い立海に行けると多いに引っ越しに大賛成、そして全く聞く耳を持たない。
5つ下の妹は新しい家に住めるという理由だけで引越しに賛成、あまりに妹が純粋なので私は諦めることにした。
私の意見は呆気ない程簡単に無視され小学校5年の春休み、つまり小6に上がるときに今の家へ引っ越してきた。
そして偶然隣の住人となった同い年の幸村精市少年。
中世的な顔立ちに緩やかなウェ−ブが掛かった細くて柔らかそうな髪。
見た目は明らかにどの女の子よりも女の子らしく、笑えば儚げでそして美しいくもあるその笑顔に鼻血が元気良く飛び散るところだった。
ニコニコと笑い立っているだけならは幸村が男ということに気付かなかっただろう。



「飴玉もらう?」
「あ、ども」



今にも飛び出ようとする自らの鼻血を抑えるため必死に鼻を抑えたは親切な幸村にお礼を言う。
第一印象だけはかなり良かったのでまさかこういう奴だとは思いもしなかった。
引越しの日にろくに手伝いもせずぼけ−っとしていたに親切にも飴玉をくれた幸村様。
この奇妙な出会いが今の妙な主従関係に続いているのである。









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