私は君を求めるように空に手を伸ばす
幾ら待っても空を切るだけの手を私はゆっくりと引っ込めて
涙を流す程に想いは大きく膨らみ、そして、強く弾ける
君はいない、これからも
それでも私は求めてしまう
憎たらしい程青色をした空に手を伸ばす
いつか君が手を取ってくれたのなら
何の根拠もない裏切りだけの期待と知りながら微かな希望を胸に秘め、私は泣いた








Dear be loved







教室は未だ騒がしいまま
ガヤガヤとうるさい空間に私は放り投げられた
他人ではない、自らの手で
目の前にある深緑の黒板を呆然と見つめていた
何もかもが違う景色に、見慣れない全てに私は戸惑い溜息を吐く





きっと無表情であろう私の目にジワリ、涙が浮かぶ
違う、泣きたかったんじゃない
ただ驚いて悲しくなっただけ
君のいない日常が当たり前になりつつあることを呪っただけ
同時に君の笑った顔と声を発せず黙って涙を流すあの時を思い出した、から






突然教室のドアを開けるガラッという音が聞えた
黒板から視線を外し音のしたドアへと視線をゆっくりとやる
そこには、担任の姿
うるさい教室が一瞬静かになり、しつこくもまた騒がしく戻る
そんなクラスの皆と教室全体を担任の先生は満足気に見渡し、軽い足取りで教室に入ると教団の前に立った
先生は自己紹介をするようにと簡潔に述べ、後は出席簿を片手に小さく笑っているだけ
年齢は30代半ばと言った所であろうか
顎に蓄えた髭が目立つス−ツの似合わない担任
先生を思い切り観察し一人分析した後、私は机に突っ伏して先程潤んだばかりの瞳を柔らかく閉じる
強く目を瞑ってしまえば今にも涙が止まらない程溢れてしまいそうだった







出席順の若い廊下側から自己紹介が始まる
一つ自己紹介が終わる度教室中からバラバラに散らばった拍手が飛び交う
無性に腹が立って、悲しくなって上手くは拍手が出来ない
私の手は思う様にリズムを奏でようとしてくれない
手は鉛の様に重く感じ2、3回手を叩くのがやっとだった
自分を第三者に仕立てて考えてみる
何て無愛想な子なんだと自分自身に怒りを投げつけてみた
確かに覚えている痛みが疼いて、胸の辺りを締め付けた





全ての表情も飛び交う拍手も全て私の目を通して見てしまえば何もかもが薄く、色を持たないもので
安っぽい言葉に変換しようとも難しい、そんな、光景が目の前に
そんな自分を捻くれた人間だと鼻で笑ってやりたい
前に進みたくて、それでも痛みを捨てることなどできない
矛盾を優しく愛撫出来るのならば全てを拭い去ることが出来るのだろうか






教室全体の様子を、車から見えては過ぎていく景色の一部の様に見ていた
世界が眩む
心が軋む音を僅かに立てて傾いていく
私は歪む両膝を必死に抱え込んだ







私の右斜めに座る忍足くんが席を立つ
一瞬にして女子の視線が忍足くんに集中する
「中等部からそのまま進学しました忍足侑士、よろしゅうな」
そう静かに、それでもあの綺麗な顔には優しく人の警戒心を見事に溶かしてしまう笑顔を浮かべていた
やるべきとこを遂げた忍足くんは静かに自らの椅子を引き席に座る
すると、今までとは明らかに違う拍手の大きさと教室に居る多くの女子から聞える感嘆の声が上がった






私が教室に入ってきた直後自ら自己紹介をしてきた忍足くんとはあれきり一度も喋ってはいない
喋らないことが特別なことではない、私にとって彼は大きな存在でも何でもない
それでも私は期待を隠せずにいる
微かに一瞬、それでも確かに見えたあの色に






私の心は水を求める
カラカラに限界まで乾いてひび割れ、ついには今にも脆く崩れ去る土みたく
何もかもに悲願し悲しみに涙するだけの毎日なのに
それでも全てを捨てられずしぶとく縋る意味はきっと、君が
君が最後私だけに託した痛みを手放さずに持ち続けたいというあまりに勝手で我侭な発想、それだけ






神経を教室に戻せば私の自己紹介はすぐそこ
口を小さく開きそれでも肺の奥まで届くように沢山の息を吸い込み、音を控えて静かに息を吐く
落ち着きのないこの教室ももう気にならないところまで来ていた
汗ばむ両手をぎゅっと握る
一度だけ君と繋いだ手の感覚が前より少しだけ薄れて
それでもゆっくり降下していく命とそれに比例し冷たくなる体の温度だけは記憶にしっかりと刻み込まれてどうも忘れられそうにない





私の真ん前に座る女の子が自己紹介を終えガタリと音を立てて椅子を引き少しだけ面倒臭そうに座った
バラバラで、それでも教室に木霊する拍手が耳に響く
私は意を決し立ち上がる
クラス中の視線が一気に集中することは当然ながらもやはり緊張に変わりはない







「青春学園から来ましたです、宜しくお願いします」







私の視線は担任の後ろに大きく君臨する深緑の黒板
吐き出すように自己紹介を簡単に済ますと私はすかさず座る
汗ばむ両手が気持ち悪い
聞える拍手を耳を塞いで聞えなくしてしまいたかった
自分の居るべきところではないと全身に言い聞かされているようで眩暈がする
眩む世界で重心を保つことは難しい、まるで、そんな感覚





君がいないこの世界はあまりに乱暴で脆くて、悲しい空間
小さな四角い箱から取り残されずにするにはどうすればいい?
手をかざしても届かない空は私の目に残酷に映る
それなのに手を休めることのない理由は、あまりに綺麗だから
美しく青々とした涙の色に見えたから





君を探していた
暗闇の中必死に手を伸ばして探してみた
目を開けてみれば色褪せたモノ達
何もかも君が持っていってしまったのだろうか
足元に小さく転がる霞む君の笑顔が今は私の全て







明日の連絡をする担任の声は私の横を通り抜けていく
黒板に書き出される教師にしては雑で荒い字を黙って見つめていた
「それじゃあ気をつけて帰れよ−」
教壇から気の抜けた呑気な声が教室全体にくまなく届く
先生の後を着いていくように次々と教室から生徒が居なくなる
椅子を引く音、机を直す音
雑音とも取れる色々な音が教室の壁に跳ね返っては私に攻撃を繰り返す






私は静かに机に突っ伏せる
家に帰る気には到底なれなかった
一度自分の部屋に入ってしまえばなかなか抜け出せない
明かりは点いているはずなのに雰囲気が薄暗い、重い、部屋
机の上にある写真立ての君は確かに笑っていて






苦しい、辛い、涙が出る
だから誰か助けてよ





反吐が出るほど可哀想に自分を仕立てあげて
喋らず動かないまま、答えだけを待ちぼうけ
自分の矛盾に絡められ涙で彩られた心ならいっそ捨ててしまいたい
本当に必要なのは言葉なんかじゃないってことぐらい知っている
それでも私は弱いから
前を向くことに臆病でいるから
今こそ君の手が必要、なんてこと今更言えなくて





うんざりする程騒がしかった教室が静かになる
あっという間に皆は帰ってしまったらしい
悪循環だらけの自分の考えに嫌気が差し顔を上げた
その時見えたのは、忍足くんの大人びた視線
確かに見える、あの黒い瞳






「…気分でも悪いん?」
黒の瞳がゆっくりと動き私を捕らえた
優しい表情ではない
聞いておくべきだろう、という何となく模範的な聞き方
「いや、大丈夫」
その言葉と聞き方に少し嫌悪感を覚えた私はすかさず答えた
「ならええんやけど」
そう答えた忍足くんは肩に大きなテニスバックを掛けた
すかさず秀一郎を思い出した私は何となく気分が重くなる






その時だった、ポケットから鞄に入れ替えた携帯が鞄の中で元気よく鳴る
教室から出て行く体勢だった忍足くんの足も思わず止まる
その様子に慌てた私は鞄から急いで携帯を取り出し着信相手が誰かもろくに見ず電話に出た





「もしもし、か?」
「秀一郎、どうしたの?」
「今学校なのか?」
「うん」
「今日少しテニス部に顔出して帰ろうと思うんだけど、夜会えないか?」
「うん、分かった」
「…無理するなよ」
「ありがとう、秀一郎」





正直秀一郎だったことに驚きながらも電話を切る
秀一郎の言ったテニスをいう言葉を思い出し教室のドア付近に居るはずの忍足くんに目を向ける
私の目の先には意外にも目を少しだけ丸くした忍足くんが立っていた
肩にはやはりテニスバックを掛けいて






「電話の相手秀一郎とか言うとったな」
「え、…うん」
「もしかして大石とかいう苗字ちゃう?」
「そうだけど」
「嘘やん、本間?」
「…知っているの?」






私の答えを聞き忍足くんは小さく唸って下にズレかけた眼鏡をクイッと持ち上げた





「知っているも何も俺もテニス部やし、青学とは何度も戦っとるし」
「そう」
「何や、反応薄いなあ」
「秀一郎のことは知っていてもテニス部について詳しいわけじゃないからさ」
「何やねん、それ」
「…今日テニス部に顔出して帰るの?」
「せやけどよう分かったな」
「秀一郎も電話でそう言っていたから」
「へえ、そんな関係なんや」
「違うよ」
「まあええわ、気をつけて帰ってな、さん」





ヒラリ右手を頭上に上げさっさと教室を出て行った忍足くん
呼ばれたさん付けの苗字が何だか堅苦しくて中にふわふわと浮いている
よく分からない人、そんな印象と綺麗な顔をした忍足くんが頭に浮かんで消えた
閉じた携帯をもう一度開け、閉じる
待ちうけ画面は、いつもの3人
これからも同じ季節を共に歩くはずだった君の姿






上手く笑えていない私自身を指で軽く弾く
秀一郎の優しい笑顔に口元を緩ませ、君の周りを巻き込む大きく優しい笑顔を優しくなぞると携帯を勢いよく閉じる
今の私でも少しくらいは笑うことが出来るらしい
新しく買った通学用の鞄を手に教室を出る
一度廊下に出て振り返ってみた
違うまだ慣れない学校、それでも生きていくしかない
勇気がないなら気力を溜めるしかない
誰も居なくなった教室に呼んでみた、あの人の名前を





「佑貴」





返事がない、君がいないことを自ら確かめた
痛む心を無視した
私が強くなるため、君を呼んだ
前を向きたい、でも夢を見ていたい
矛盾が私を強くも弱くもする
それでも、もし、矛盾で強くなれるなら
矛盾に悩むことが一番の願いになる、のに







長く綺麗な廊下を一人歩く
見慣れない校舎が目に痛い
私の臆病な足音が広い校舎全体に響いている気がして嫌になる
矛盾では強くなれないことを、私は知っていた










あとがき**

やっと4話終わった
何か話がごっちゃ混ぜ…?
この話書くの難しいよ−て