涙で霞む色の無い景色の中に貴方を見つけた
歪んで見える世界に私は顔を背ける
それでも貴方が笑ってくれたのなら
手を取り合い一緒に歩いてくれると言うのなら
青い空に誓おう
恐怖で足が竦んでも立ち上がると
君の手が暖かく私を包んでくれるならそれは幸福論







Dear be loved







大人数で集まる集会などが苦手な私にとって入学式というもの程苦痛なものはなかった
長ったらしくてつまらない話に妙な緊張感に包まれたこの体育館という会場
小さな箱に詰め込まれている気がして気分が悪い
周りを見渡せば人、人、人





当たり前ながら知らない顔ばかりが並ぶこの小さな隙間しかない空間に私は吐き気がする
自ら飛び込んだ新しすぎる環境はあまりにも眩しくて、痛い
傷は減るどころか深みを増して、大きく
月日が過ぎ去れば過ぎ去るほど君を求める
どれだけ年月が佑貴のことを風化しようが私には無理な話で
最後に見た佑貴の痛々しい姿と儚く弱く微笑んだ瞳が今でも忘れられない







飽きることなく続く校長の機械的な長い挨拶
いい加減苛立ってくる
嫌でも耳に入ってくるマイクを通して聞える校長の挨拶は癪に障って仕方ない
私の勝手な苛立ちなのだけれど







他のものに神経を向けようと周りを見渡す
私の周りにあるものは規律良くそして長く並んだ椅子とまるで知らない顔だけ
最初から分かっていた予想していた状況、それでも溜息が出る
小さく小さく、それでも少しばかり長い溜息
誰もが校長の話に耳を傾け集中している中、誰一人気付くはずがないその溜息に反応した奴が一人だけ居た
私の右斜め前に座る黒髪の男子
軽く振り向き私の顔を覗く様に見た奴の顔は男子にも関わらず綺麗で正直驚いた
今時珍しい丸眼鏡が印象的で、男子にしては少し長めの黒髪が何とも言いがたい雰囲気を漂わせる






色々な感情がごっちゃ混ぜになって自分でも意味が分からない
何で小さな溜息に気付いたんだろう、綺麗な人だな、なんて混乱状態の頭で必死に整理する
とにかく大きな驚きが私を襲い奴の眼鏡の奥にあるこれまた黒い瞳を黙って見つめた
見つめることに深い意味なんてない
ただ純粋な気持ちで吸い込まれそうな黒い瞳を見つめていた、黙って静かに
綺麗、それだけの単純な気持ち





奴も黙って私を見つめる
静かな時間が短いながらゆっくりと過ぎた
そのことに気付き私は慌てて視線を下に落とす
一体私は何をしているんだ、突如冷めた思いがくすぶり返す





それでも私は気付いていた
あの瞬間、奴の黒い瞳を見つめたとき微かながら時が止まった
全ての音が止まって、聞えなくなる
耳障りだったあの校長の機械的で長ったらしい挨拶も何も聞えない
私の目は奴の黒い瞳だけを捕らえて離さなかった
あの一件以来色を抜いたようにしか見えなくなった世界に本当に一瞬だけ色が写る
黄色にも似たような、淡い優しい色







その柔らかい感覚は私の調子を狂わす
世界を一蹴したくなる
どうせこんな驚きの反応を取っている私を嘲笑っているのだろう
眩暈に似た、あの、感じ








消えてしまえ








自分自身を落ち着かせるために大きく息を吸う
肺の奥まで深く深く透明な酸素を取り入れて
私が息を吐き出すと同時にあの苛立つ長い挨拶が終わった
大きく湧き上がる拍手
誰のための言葉?
自己満足に浸っている校長の丸い顔
胸にヒシヒシと溜まっていく不快感







冷めた目で舞台を見つめる
無意識に浮かぶ涙
視界が小さく揺れた







校長が舞台の小さい階段を降りるのを見届けると私は俯く
真新しいシャツが憎たらしくて仕方がなかった
何で私はここに居るんだろう
スカ−トプリ−ツを一度なぞると強く握った
ふっと力なく開いた手の下にあるスカ−トのプリ−ツに皺が寄る
軽く手で払うとも一度付いた皺は頑固にも直るはずがなく私は今日2回目の溜息を吐いた





私にとって学校は窮屈で退屈な空間にしか思えない
意味のない世界への逃避行
それでも君が居れば幾つものの理由に成り得るのに
佑貴が居なくなると学校への道は私の中で完全にシャットダウンされた





どうにでもなれ
勢いだけで顔を上げる
不意に奴が気になった
耳を塞ぎ頑として音を聞こうとしない私の音を止めた人
一生懸命塞がないで大丈夫、音なんて止めてあげるから
勝手な私の解釈
それでも一瞬光が見えた気がした







黒髪の奴はやはり私の右斜め前に居た
現じゃないと願う
その証拠に奴はゆっくりと確認する様に振り向く
黒髪が風に靡いて、揺れる
現なんかじゃない
はっきりと見えた顔にある眼鏡の奥の黒い瞳
吸い込まれる、黒色






「新入生退場!」
突如聞えたマイク越しの凛とした大きな声に私は肩を上げる
まるで先程の声が合図かの様に新入生は立ち上がる、勿論私も
体育館全体からは微かに椅子と床が擦れる音が聞えた






回れ右で左から順番に退場していく私達
必然的に後ろになっているはずの彼を私は盗み見る
前を真っ直ぐ見据えるその姿が眩しい
羨ましい、素直にそう思うと私は歩き出した







1年C組、そう記された教室
青学では数字で分けられていたな、なんて事を頭の隅でぼんやりと考える
忍び足で教室に入った私の音など聞えないほど教室は賑わっていて思わず入っていいものかと戸惑った
新入生ながらこんなにも賑わっている理由は氷帝がエスカレ−タ−式のせい
マンモス校ながらも顔見知りはたくさん居るのだろう





担任の先生が席は入学式と同じだと言っていた
とくれば番号順ということになる
教室には縦に6列の机が並ぶ
入学式では男子が右側で女子が左側
そうすれば必然的に廊下側は男子だから女子はその隣







私は入学式での自分の場所と教室を比較させながらゆっくりと自分の席であろう場所に近づく
教卓から見て左から4列目の後ろから2番目
ガタン、椅子を引いて音を立てて座る
そんな音さえも賑わっている教室に混ざりこんでは消えていくのだけれど





流石は氷帝学園、金持ち校さながら机と椅子は新品同様
机の上を人差し指でなぞる
泣きそうになった、私の悪い癖
全てを青学と比べては嫌になっている自分がいる
何もかも佑貴と比例させて拒否している私がいて








視線を感じて前を向く
思わず声を上げそうになって堪えた
右斜め前の席には入学式のときとは違い体ごと私に向けた黒髪の奴
そうか、奴の席はここだ、一人納得しながらも混乱は防ぎようがない
私の胸中の見抜いたかのように奴が笑った
薄く柔らかく、ふんわりと





「よろしゅうな」





関西交じりの喋りに何処か安心感を覚えた
黒い瞳に私が写ったのが見える
捕らえられた?
差し出された手に私は困った様に笑う
何もかも意味が分からなかった








また、時が止まる
煩いほどに賑わった教室が一瞬で音もなく消えた
モノクロからセピアへと少しずつ、色が
不思議な出会いだった











あとがき**

やっと3話目!
これ書くの苦労するからかなりのスロ−ペ−ス
でも今回は割りと楽に書けたかな
やっと忍足出てきた
でも名前がまだ出てこない…(笑)
女の子の名前変換なしでごめんなさい!