私は今日も空っぽの心のまま立ち止まる
道は果てしなく続いているのに前が見えない
暗闇に飛び込んでいこうとしない私はいつまでも成長できず突っ立ったまま
全てを拒否し拒み続ける
届かないと分かっている空に手を伸ばし言い続ける
こんな現実なんかいらない、と








Dear be loved








私の耳元で秀一郎を呼び出す電子音が聞える
ピッピッピ…
あまりにも機械的でテンポ良くなるその音は私の気分を最低ラインまで落としていく
この音は大嫌いだ
あの時を思い出させる、あの忌々しい音





4回程コ−ルが続き秀一郎が電話に出た
?」
「…出るの遅い」
久しぶりの電話で少し声が上ずる
秀一郎は何でも分かってしまう、きっと今の私の心境さえも
「ごめんごめん、はこの音嫌いだったね」
ほら、今だって
「分かってるなら早く出てよ」
「準備していたら電話に出るのに手間取ったんだよ」
申し訳なさそうに言う秀一郎の声は優しく、私を落ち着かせてくれる





「で、どうしたんだ?」
穏やかではあるが確信を突いてくるその言葉は私のためを思ってのことか
きっと秀一郎は私が何のために電話したかを知っている
電話越しの沈黙に痛い程の秀一郎の優しさが伝わって、苦しい







「…今日、入学式でしょ」
「ああ、そうだな」
私の続きの言葉を待つように余計なことは一切言わず肯定だけを示した秀一郎
「お互い高校生だね」
「でもは氷帝で俺は青学だ」
また秀一郎の優しさに頼ってしまった
結局私は大事な所を言えず器用に避けてしまう
駄目だと分かっている
いつかは全てまとめて自分自身に帰ってくることも知っている、はずなのに
遠回しに、でも上手く避けた言葉は秀一郎が言ってくれた
自分に腹が立ち思わず叫びたくなる衝動に襲われる







(どうしてこうも私は弱いんだ)
(泣くな泣くな泣くな)
(前に進めないなら今を見据えろ)







「秀一郎は大人になったね」
「俺なんかまだまだだよ」
驚いたように声が大きくなる秀一郎
大人だよ、出かけた言葉を呑み込む
私が成長していないだけじゃないか?
自分でも馬鹿みたいに分かる疑問だけにため息が出る







「秀一郎、氷帝に通うことは逃げかな」
体から力が一気に抜ける
まるで空気を抜かれた浮き輪のように弱々しく
「今のまま青学に通っても辛いだけだろ?」
ふわり、体が浮くような感覚に陥る
耳から聞える声が今の私には唯一の救いで
こんなにも面倒くさい私を文句一つ言わず秀一郎は、いつも
「いつか青学に通えたらいいな」
「…待ってる」






どちらともなく切れた電話
パチンと音を立て鞄にしまい歩く
きっと秀一郎もまだ忘れることができていない
あの出来事は一生私と秀一郎に付き纏い意地悪くも後悔させ続ける







何で止めることができなかったのだろう
ずっと温めていた思いを少しでも話すことができていたのなら未来は変わっていたのだろうか
今更どうにもならないことなんて知っているけど
現実はあまりにも辛すぎて、目を頑なに閉じ私は一歩もその場から動こうとしない
耳を塞ぎ全てのものに背を向け私はいつまでも





「…好きなことして死ぬとか馬鹿すぎだよ……」
強気になって言ってみた言葉に吐き気が差す
何が馬鹿だ、愚かなのは私自身だ
自分を責めたって何も変わらないことなど当たり前すぎるほど知ったことで
それでも責めずにはいられない理由は弱さだ
死ぬということがこれほど重いことと知ったのは佑貴の存在だったからで
残される方の悲しみがこれでもかという程深いと知ったのも佑貴だったからで
私と秀一郎はあの日散々泣いた
ずっと肩を震わし目が真っ赤になって腫れるまで泣いた
あれだけ泣いたのに心はちっとも晴れようとしない





乾いた心を少しでも潤すことができるだろうか
(前を、見据えろ)
そんな努力を私ができるのだろうか
(現実を、少しでも)






耳を塞がず前を見て少しでも進めることができたのなら
(私は、きっと)
いつまでも弱者ぶることなんて許されないのなら
(今は、頼っていよう)






もしも進めないのなら一生座り込んでいよう
(忘れぬ、あの人のために)
誰かが泣いてもいいよ、と言ってくれるのなら
(今は、泣いていよう)








前に進みたい、でも進みたくない
馬鹿らしい自分との矛盾と私は格闘する
多分、一生死ぬまで
1年経った今も頭にちらつくあの顔が声が体が私を支配して離さない
このままでは前を見ることも進むことも歩くことも無理だと知っている
知っていても、今は佑貴に浸っていたい






(これは甘えから来る逃げ?)






今の選択が正しいかなんて分からない
全く真逆な答えが私自身を待っているかもしれない
でも今の私には抱えきれないほどの痛みが伴うのだろう
それなら今ある痛みで、苦しみで、後悔で十分
これ以上何かが襲い掛かってくるのなら私は全てを放り出してしまうから








氷帝へと向かう道は何だか少し遠い気がして嫌になった
誰もいない環境へと自ら飛び出すことを決めた私
何て理不尽で卑怯な話だと笑われてもいい
ただ、今は
秀一郎の声が聞えた気がした
「泣いてもいい」、「今は優しさに流されろ」
聞えるはずのない声に耳を澄まし、切った携帯を鞄から取り出し握り締める
登校前にも関わらず泣いた
優しさが身に染みた、から











あとがき**

書くのに随分苦労した2話目
本気でHELP求めていましたよ
佑貴くんの存在がだんだん明らかになってきました
テ−マソング「千の夜を越えて」