時々私の記憶に顔を出す君
いきなり現れてはいきなり消えていく
忙しく過ぎる日常の中で時たま君を見つける
私は懐かしい思い出に浸って小さく笑っています








冬が近づく秋の終わり
寒い寒いその日に君は薄れゆくセピア色の記憶からひょっこり現れた
懐かしいその姿に私は目を丸くし、そして笑う
何とも言えない感情が私の中で浮き沈みを繰り返す
私は静かに目を閉じた







冬の始まりを知らせる冷たい気温をもうすぐ居なくなる秋風が運ぶ
凍てつく寒さの風が何度も何度も私の頬を叩いては通り過ぎていく
黙ってその風に身を預けていると不意に方を叩かれた
その瞬間記憶の扉は音を立てて閉まる
バイバイ、心の中で君に届けと呟く
君が歩く度に小さく遠くなる背中を私は何を思い見つめているのだろう






目を開けると灰色に薄暗く染まった空が無限に続いていた
名も無き雲が私を見ている気がしてゆっくりと自然を外す
振り向いた先に居たのは不二だった







「こんなに寒いのにはベランダで何をしているの?」
「ぼ−っとしてただけ」
「本当?それにしては酷く落ち着いているけど」







不二は嫌味とも取れるクスリ、という笑みを私に向ける
私はクロスさせ手すりにもたれていた両手を解くとこれまた手すりの上からダラリと垂らす
ブラブラと揺れる両手が何だか滑稽に見えて私は手の動きを止めた
下に向かってだらしなく垂れる制服からはみ出た指先は心なしか震えているようにも見える
寒さのせい、自分自身を無理矢理納得させると握り拳を作り運動を繰り返す
開いて閉じて、開いて閉じて






ゆっくり力なく閉じる自分の手
目を瞑ってしまえばあのセピア色が見えてきそうで
時々思い出す君の顔が年々擦り切れて色が薄れていく事実を私は知っていた
開いて閉じて、開いて閉じて
次に手を開いたとき君は弾けて消えた
目を瞑ってももうセピア色は浮かばない
灰色の空が私を笑っていた







「そんなに気になるならテニスの試合見に来ればいいのに」
私の後ろに居るだろう不二の顔を思い浮かべる
いつもの様に意地悪く笑って私を見ているのだろうか
勝手な想像だけで私は顔を顰める
そして怒気を含んだ声で言った
「何も気にしてないよ」






薄暗い空に反映されてポッカリと白く浮かぶ手を左右に大きく揺らす
振り子を思い出させるその動きを私は目だけで追う






「なら試合を見に来ない訳を教えてよ」
「だから何もないって」
「氷帝、でしょ?」







息が揺れる手が止まる
、消さなくてもいいんだよ」
不二があまりに真剣な目で見るもんだから私は思わず目を丸くして
ダラリと垂れる腕を引き上げ振り返ると目の焦点を不二へと
「握りつぶさなくてもいいんだよ」
凍てつく寒さを持った鋭い風が私の体を所々刺して痛い
小さく震える指先に透明な何かが落ちる
「だから」
数秒してその透明な何かが自分の涙と気付いた
目の前には痛そうに顔を歪めた不二がいて
「無表情な顔して泣かないでよ」







不二の言葉に私は再び目を瞑る
刻まれた古い記憶のセピア色で君と私が笑っていた
転校をきっかけに迎えた不完全な別れ
消えたとばかり思っていた鈍い痛みは今でも私を捕まえて
時々私の中に現れる君を日常と重ねてみても手は空を切るだけ
未だに思い出と記憶に浸る私を見て哀れんでほしい
ぼんやりと頭に浮かぶ君の幼い笑顔を思い出して肩が怯えた様に震えた








3年前長かった髪を大胆に切ったとある人から聞きました
2年前相変わらず氷帝でテニスをひたすら頑張っているとある人から聞きました
そして昨日君に彼女が出来たとある人から聞きました








切り出せないバイバイがあまりに痛く重い
寒さに凍える私の手が涙で濡れていた
もう言えない愛してる
今君に震える私の手を握り締めて欲しかった
セピア色の中で私と君は無邪気に笑っていて
私はその記憶の中だけで笑っていられるのです

思い出は、綺麗なままで










あとがき**

多くを語らないショ−トショ−トスト−リ−
一つの大きなことを成し遂げた色白の君は今元気だろうか